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静まり返った夜の町。
家の灯りも消え、静寂と宵闇だけが辺りを包んでいる。

ピクシーは静かに街路の上に降り立った。
この町はまだ平和だ。ムーの手下達に脅かされている様子は無い。

「おおい、ぺっぴんさん、こんな夜中にどうしたぁ?
夜は危険で危ないぞぉ」

呂律の回らない不明瞭な声。
ピクシーは声がした方を振り返った。

酔っ払ってふらふらとしている男が、千鳥足でこちらへと近づいてくる。
相当酒が入っているのだろう。
遠くからでも、酒の匂いが鼻をついた。

「おじさんが、家まで送ってってやるよぉ。
ここいらは最近、ちょっと物騒でさぁ」

男はそう言うと、ピクシーの肩に手をかけた。
ピクシーはその手を振り払おうとした。
が、それより早く、大きな岩の手が男の方へ伸び、男を街路の上に跳ね飛ばした。

「大丈夫ですか、ピクシー様!」

ブルーマウンテンはピクシーと男の間に入り込むと、その大きな体でピクシーの前に立ちはだかった。
冷たい目で、痛がりながらそろそろと身を起こす男を見下ろす。

「人間が、よくもピクシー様に無礼な真似を」

「いいんだ、ブルーマウンテン。大したことではない。
この者は酔って思考が回らなくなっている。私がモンスターだと分からない程にな」

男は、目をしばたかせながら、驚いた顔で二人を見上げている。
ブルーマウンテンは男が酔っていようが酔っていまいが、気にならなかった。

男の体を、大きな指で軽く掴む。
と、不意に肩に手を置かれた感触がして、ブルーマンテンは後ろを振り返った。
ピクシーが毅然とした態度で、ブルーマウンテンを見据えている。
ピクシーは静かな声で、そっと言った。

「いいと言ってるんだ、ブルーマウンテン」

「しかし、ピクシー様……」

「私の命令が分からないのか」

ブルーマウンテンはしぶしぶと、男を放した。
男は自分が危ない目に遭っているのも分からないようで、へらへらと笑いながら、調子の狂った歌を歌い始める。
ピクシーはしばらく男を黙って見ていたが、すぐに興味が失せたようで、さっと視線を逸らした。

「そのような者にわざわざ手をかける必要はない。いくぞ、ブルーマウンテン」

ピクシーはそう言うと、翼を大きく広げ、黒く深い夜空へと舞い上がった。
おぼろ月のかすかな光に、ピクシーの姿が照らし出される。
ピクシーは鳶が飛ぶように速く、夜の闇を駆け抜けていった。
ブルーマウンテンは男をちらりと見た後、すぐにその後を追いかけた。





ピクシー様は変わった。
氷のように冷たく、頑なな心も、今では以前のようではなくなっている。

――あの少年に出逢ってから。

「ピクシー様」

ブルーマウンテンはピクシーに声をかけた。
ピクシーは顔だけをブルーマウンテンの方へ向けた。

「人間に心を許してはいけません」

人間は愚かだ。
愚かで、自分のことしか考えていない。
人間に心を許しても、いいように利用され、いつかは裏切られる。

「人間はあの少年のように、モンスターと分かり合える者達ばかりではありません。
人間は――ピクシー様もよくご存知とは思いますが、傲慢です。
自分の利益の為なら、他者の犠牲も厭わない」

「そうだな、ブルーマウンテン。
だが、全ての人間が傲慢であるというわけでもない」

ピクシーとブルーマウンテンは今、崖の前に来ていた。
崖の下には、遠くへ続く山河と、海のように広がる森と、美しく連なる尾根の景色が広がっている。
太陽はかすかな光を世界に投げかけながら、地平線から顔を覗かせようとしていた。

世界は広い。

ピクシーは思った。

一生かけても、世界の全てを見ることは出来ない。

「採掘場にいた時、私に分からないものなどないと思っていた」

ピクシーは、誰に言うでもなく呟いた。

「しかし、世界に出てみると、私に分からないものは沢山あった」

「ピクシー様にも分からない事とは?」

ブルーマウンテンの言葉に、ピクシーは目を細めた。
本当にそうだったかどうかは分からないが、ブルーマウンテンにはピクシーが微笑んだように見えた。

「私は、人間に――あの少年に、心を許したわけではない。
人間の存在を、認めようと思っているだけだ」

ピクシーは遠い景色に目を向けた。
ブルーマウンテンは、何も言わなかった。

「人間とモンスターが分かり合える世界。あの少年は、そんな世界を創ろうとしている。
しかし、そのようなことが本当に出来るのだろうか?
長年に渡ってモンスターを従わせていた人間と、憎しみを抱いてきたモンスターが、手をとり合えるのだろうか?」

「その答えは、見つかってきましたか?」

ピクシーはブルーマウンテンの方を振り返った。
楓よりも赤い髪が、昇ったばかりの朝日に照り映える。


「その答えを見つける為に、私は旅をしている」