「流しそうめん……?」
聞きなれない言葉に、困惑した顔を新聞あげる。
「そう、今夜、それをしたいと思ってるの。だから、兄さんに折り入って頼み事があるんだけど……」
昔からそうだが、妹の「折り入って」の頼み事というのは、ろくなことにはならない。
しかし、にっこりと微笑む妹の顔に、ダッジは断ることができなかった。
――その頼み事、というのはつまりのところ。
「竹を運んで来い、というわけだったんだな……」
ダッジは急斜面の山道を、荷車を押して登っている。
荷車には竹が積んであり、ロープできゅっと固定してある。
暑い夏の正午に、重たい竹を運ぶのは重労働だ。
竹がすでに割ってもらっているのが、せめての救いだろうか。
ダッジは腕で汗を拭った。
その拍子に荷車が後ろへ下がり、脇腹を強打した。
たまには外でご飯を食べよう、皆を誘って食べよう、珍しいことをしよう。
それで、流しそうめんをすることになったのだ。
「流しそうめん」という言葉は聞いたことはある。
しかし、それが何なのかまでは分からない。
―― 一体、何を流すのだか。
見たことはないが、全体的な想像はついていた。
流すからにはつるつるした物だろう。味気のないゼリーとかそんなものだろうか。
ダッジは考えを巡らしながら、山頂のキャンプ場へよろよろと向かった。
「いやぁ、お呼ばれしていただいて、ありがとうございます」
太陽もだいぶ沈んだ夕方に、コルトはやって来た。
手土産のスイカを、ウィオラへ渡す。
「いいんですよ、無愛想な兄と食べても楽しくないですから」
「………」
ダッジは何も聞こえてないようで黙々と竹を繋げていたが、コルトは竹がばらっと手元から崩れるのを見た。
「流しそうめんなんて、風情のあることだ」
パブスは時間より早く来ており――ダッジがキャンプ場に着いたときはすでにいた――わくわくとしながら、
そうめんを湯がいている。
かっぽう着を着ているのがとても嫌だとダッジは思った。
「……ところで兄さん」
ウィオラはちらっとダッジの方に視線を転じた。
「一体何をつくっているの?」
「そうめんを流す台を」
「どこらへんが!」
何をどうしたらそうなるのか。
ダッジはいつになく器用さを発揮して、竹を渦巻き状に繋げている。
さながら蚊取り線香。
「そうめんの流し台は、一直線につなぐものなのよ!」
「……渦巻きだろ?」
ダッジは腰を叩きながら立ち上がると、苦労して作った流し台を見下ろした。
無言で見続ける。
「……流すぞ!」
「渦巻きでしたら、中心に流れたそうめんが食べられませんよ、ダッジさん!」
「その時は俺が食べる!」
コルトが止めるもむなしく。
ダッジは勢いで話しを終わらせた。
竹を運ぶ作業に、繋げる作業。
体はあちこち強張り、ダッジはへとへとだった。
作り直す余力なんてものはない。
「いや、この形は案外いいアイディアかも知れん」
ぴしっぴしっという音。
パブスはそうめんの水を切りながら近づいてきた。
ダッジは視界の端でかっぽう着がちらついて、イライラした。
「渦巻き状だと互いの顔を向かい合わせることができる。
これは友好関係を深める上で便利な形じゃないだろうか」
直線でも向かい合わせぐらいできるんじゃ……と皆は思ったが、誰も口にはしなかった。
「これから作り直しても遅くなるし……渦巻きでするしかないみたいね」
ウィオラがしぶしぶながら呟いた。
空はまだ茜色だが、薄っすらと紫が混じっている。
そうこうして、流しそうめんは始まることになった。
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