包みの合間から何かのぞいている。
葉っぱだ。青々しい葉っぱだ。

「いいカカオの苗木だろう」

ベルナルトは弾んだ声で言った。

「見ろ、この根っこのはり具合がな――」

「ティコ、町に行こうか。僕がチョコを買ってあげるよ」

ジュリオはカカオの苗木を机に置くと、ティコに声をかけた。
おおい! とベルナルトが叫ぶ。

「おい、ちょっと待て! カカオを渡してくれるんじゃなかったのか!」

「どこにバレンタインでカカオを渡す人がいるんですか!」

「ここだ!」

「ああ、なるほど……」

納得しかけたジュリオは、ハッとすると頭を振った。
危うくベルナルトのごり押しに負けるところだった……。

「あ、ジュリオ、いたいた!」

名前を呼ばれて、ジュリオはそっちに目を向けた。
ひょいっと戸口に顔を出したナユタが、ジュリオの方へ駆け寄って来る。

「モンスターの所にいなかったから、探したのよ」

「どうしたの、ナユタ。何か困ったことでもあったの?」

ナユタはううん、と首を振ると、背中の後ろで回していた両手を前に出した。
はい、とジュリオに小さな包みを差し出す。

「マレーネさんに聞いたんだけど、今日はチョコを渡す日なんでしょ?」

横でティコとベルナルトがぴょーぴょーと指笛を鳴らす。
そのまま知らん顔で離れていこうとするベルナルトに、ジュリオはすかさずカカオを腕に押し返した。

「ジュリオにはいろいろ助けてもらったから、そのお礼! じゃあね、あたし、用事があるから!」

ナユタがばいばいと手を振り、去って行く。
ジュリオは手元に視線を落とした。
美味しそうな香りが、鼻をくすぐる。

「おやつには早いけど、食べちゃおうかな」

ジュリオは椅子に座ると、包みのリボンを解いた。
コロコロとしたチョコが転がり出てくる。
ジュリオはひとつつまむと、食べようと口を開いた。

「オルコロサーカスさーん、手紙でーす! オルコロサーカスさーん、誰もいらっしゃらないんですかー?」

玄関の方から、郵便屋の声がして、ジュリオはチョコを食べるのを止めた。

「はい、います! 今行きます!」

ジュリオは慌てて腰を上げると、玄関の方へ走って行った。

「あちちちち……腰が痛みますね……この歳でモンスター育成は少し無理のようですな……」

ジュリオと入れ違いに、ランバートは腰をとんとんと叩きながら、天幕の中に入った。
最近、デュラハンが反抗期なのか、なかなか言うことを聞かない。
今日の朝も目玉焼きに醤油がかかっていたのに腹を立てていた。

「デュラハンがソース派なのは知りませんでした……案外、ナウいんですな」

ランバートは椅子にゆっくりと腰をおろした。
疲れたため息を、ふーっと吐き出す。

ふとランバートは、目の前に、チョコの入った包みがあることに気づいた。
そういえば、今日はバレンタインだ。
ランバートは、懐かしさに目を細めた。

バレンタインには、マレーネがよくいつものお礼にと、チョコをくれたものだった。
もちろんマレーネが城を飛び出してからは、貰ってはいなかったが。

「それにしても、これは誰のチョコなのでしょうか……」

メッセージカードがないので、誰の物なのか分からない。
ランバートはしばらく考え込んでいたが、ある事を思い出した。

昔、マレーネが直接渡すのが気恥ずかしく思えたのか、ランバートの書斎の机にチョコを置いていたことがある。
ランバートは、ぽんと手を叩いた。

「お嬢様は恥ずかしがり屋なところが、たまにありましたからね。きっとそうなのでしょう」

ランバートはにっこりと微笑むと、うんうんと一人で頷いた。





「まただ……まったくこのサーカスときたら、いつもめちゃくちゃ言うんだから……」

ジュリオが、ぶつぶつと呟きながら、天幕の中に戻ってきた。
手紙を握り締め、ぶすっとした顔をしている。
ランバートは、おや、と顔を上げた。

「しかめっ面をしていかがなさいました、ジュリオさん。何かあったのですか?」

「あ、ランバートさん。見てくださいよ、トルノ・ベルアーからまた果たし状がきてるんです」

ジュリオはほら、とランバートに手紙を渡たすと、どすっと椅子に座った。
ランバートはこれは大変ですね、と深刻そうな顔をしながら、手紙を読む。
それにしても、ランバートさん、何を口をもごもごさせているんだろう……?

「あれ、ランバートさん、ここにあったチョコ知りませんか?」

テーブルからチョコが消えているのに気づいたジュリオは、ランバートに尋ねた。
え? とランバートが、きょとんとした顔で振り返る。

白い口ひげに茶色い汚れが点々。
――悪い予感がする。

「お嬢様のチョコのことですか? ああ、ジュリオさんが預かってくださっていたのですね。
ありがとうございます。先ほど、いただきましたよ」

ジュリオはぽかん、とした顔で、固まっている。
ランバートは不思議に思って、ジュリオの目の前で手を振ってみた。

「ジュリオさん、いかがなさいましたか? ジュリオさん、ジュリオさん?」

ランバートがいくら声をかけても反応しない。
しばらくの間、ジュリオは石になってしまったかのように、動くことはなかった。