「この焼き魚、何か足りないと思ったら」
あじの塩焼きを食べながら、ジュリオがぽつりと独り言を言った。
「大根おろしがないんだ」
テーブルを囲んでの夕食の中、今日の食事当番だったドッティは、茶碗から顔を上げた。
「大根おろしだと?」
ドッティはふんと鼻を鳴らした。
「あんな辛いもの、美味しくないではないか!
おろすのにも一苦労だし……。
あじはそのままでもおいしいからいいのだ」
「分かってませんね、ドッティ」
ぺたぺたとアルベルトはご飯のおかわりをよそった。
それからドッティに向き直り、スピーチを始める。
「大根の先のほうを使うから辛くなるんです。上の部分を使えば辛くないですよ」
「詳しいんだね」
「兄さんに教えてもらいました」
あじの骨をとりながら、あの植物好きの兄なら確かに詳しそうだなぁ……とジュリオは赤シャチの顔を思いうかべた。
「大根のおろし方を教えてあげましょう。さ、台所へ来なさい」
「ほら、台所だって言ってるぞ、マイパートナー!」
ドッティはジュリオをひじで軽くつついた。
ジュリオはあじの骨を慎重にとっている。
ジュリオは視線を、あじからドッティへ移した。
じっと、ドッティを眺める。
ドッティは皆の方へ視線を巡らした。
皆、食べる手を休めてドッティを凝視している。
ゴフレだけは仮面でよく分からない。
「ほら、早くしなさい、ドッティ。何をしてるんですか」
台所ののれんから顔を突き出し名前を呼ぶアルベルトに、ええっとドッティは素っ頓狂な声を上げた。
「わ、私に言っているのか!」
「大根の極意を知りたいんでしょう?」
「そ、そんな火の極意とかモンスターの特徴っぽく言わないでくれ!
私は大根などおろさんぞ。私は祐所正しきバロン男爵なのだからな!」
椅子から腰を上げようとしないドッティに、ティコとマレーネは茶碗をおいた。
「もう、諦めて大根おろしてきなよ。ちょっとするだけじゃん」
「そうよ〜諦めが悪いわよ! 大根なんて、すぐおろせるじゃない♪」
――ちょっと大根をおろすだけ。
ドッティはアルベルトの方を見た。
アルベルトはのれんから手だけを出して、手招きをしている。
なんとなく、嫌な予感がする。
「駄目です! 大根の繊維を意識しながら、垂直におろすんです!」
「ま、まだおろすのか……?」
修羅場と化した台所。
必死で大根をおろすドッティの姿と、鬼のようなコーチの姿があった。
「て、手が痺れてきたのだが……」
「手首を使いながらおろさないから痺れるんです! さあ、もう一本頑張りなさい!」
皆、もうとっくにご飯食べ終わったんじゃないだろうか。
とほほと思うドッティの耳に、のれん越しに「ごちそうさま」という声が聞こえた。