2月14日。
今日が良い日となるか、悪い日となるかは、人それぞれのようだ。
椅子に座って雑誌を読んでいたジュリオは、そうっと天幕内の様子をうかがった。
「アルベルトは、チョコはピーナッツチョコが好きでしたよね」
「あら、そんな子どもっぽいもの♪ アルベルトはアーモンドが好きだったわよね〜?」
修羅場。まさに修羅場。
アルベルトは、どっと滝のような汗を流した。
アルベルトの両側で、ラナとマレーネがチョコを手に微笑んでいる。
しかしその笑顔とはうらはらに、両者心の中は激戦中。
「アルベルト、チョコいらないの?」
まさに助け舟。両手に花な修羅場の中に、ティコが乱入してきた。
「え、ええ、今お腹がいっぱいなので……。よかったら、ティコ、食べていただけませんか?」
「いいの? やったぁ! ボク、チョコ大好き――わ!」
チョコに手をのばそうとしたティコを、ドラゴン顔負けの形相でラナとマレーネが睨みつける。
ティコは苦笑いしながら、慌てて手を引っ込めた。
「なんだか、今日はみんな変だね……ドッティも変だったし……」
ティコはささっとアルベルト達の側を離れると、ジュリオの横へ非難した。
ジュリオはパラ、と雑誌のページをめくる。
「ドッティが変なのは今日だけじゃないよ」
「誰が変だというのだ?」
噂をすれば、ドッティが天幕に入ってきた。
フランス貴族にでもなるつもりか、やたらにフリルをあしらったブラウスを着ている。
ズボンはピチピチのラメラメ。
仕上げは胸ポケットに赤いバラ。
「ドッティ、ピエロの役は団長がいるだろ、早くそれ脱げよ」
「はっ! なにをおっしゃるトンガリさん!」
ドッティはずずいとジュリオに詰め寄った。
「これは私のとびきりの衣装なのだ!
今日、聖なる愛の日に、麗しの黒髪の人からチョコをいただくのはこの私だ!」
「そんな、ですわ!」
一同は天幕の入り口を振り返る。
そこにはペティが、チョコを手に立っていた。
「せ、折角、私が腕によりをかけてチョコをお作りしてきましたのに……。
ドッティ様にはすでにお相手がいらっしゃったのですね……」
「ち、違うんだ、レディ・ペティ! こ、これはだな……」
「失恋ですわーっ!」
涙ながらに、ペティが猛ダッシュで駆け出していく。
待ってくれっ! とドッティはその後を追った。
「まったく、騒がしい所だ」
ジュリオの横に座っている男性が、ふんっと鼻を鳴らす。
タンブールの赤シャチ、ベルナルトだ。
「ここに訪れるなんて珍しいですね、ベルナルトさん。僕のコーヒーを勝手に飲まないでください、ベルナルトさん」
ジュリオはベルナルトからコーヒーを奪い返した。
……もう空だ。
「いや、あのだな、アルベルトに、そのだな……」
ベルナルトは小さな包みを手に、気まずそうな顔をした。
「今まで悪かったと思ってだな、つまり……」
つまり、お詫びにチョコを持ってきたというわけか。
一見怖そうに見えるベルナルトにも、優しいところはあるのだ。
ジュリオは微笑んだ。
「分かりました、ベルナルトさん。もし、渡しにくいなら、僕が渡してきましょうか?」
「あ、ああ、頼む」
ベルナルトはジュリオに包みを渡す。
ジュリオはそれを受け取った。
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